手塚プロでモーニングを頂く

手塚治虫はまさに昭和の人である。
昭和3年に生まれ平成元年に亡くなった。

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↑未完のバンパイヤ第2部のつづきが
 いつかは読めるだろうと思い焦がれていた少年も
 夢かなわぬままおじさんになってしまった。

さて前回(手塚プロを訪問する)の続き。

P13

↑「バンパイヤ」でトッペイが手塚先生を訪ねるシーン。

アポ無しで手塚プロのドアを叩いた私は
どういうやりとりがあったのか
もはやはっきりと憶えていないが
とにかく中に入れてもらえた。

いかにも純朴そうな学生服の高校生が
たぶん田舎のイントネーション丸出しの標準語で
「青森から来ました。」みたいなことを言ったのであろう。

中に手塚先生はいなかった。
たぶんアシスタントの人ばかりで
だからこそ入れてもらえたのかもしれない。

「火の鳥2772」の試写会が近いとかで
みなさん徹夜だったのかもしれない
手塚先生の奥様が皆さん用のモーニングを運んできて
勧められた私はこれまた遠慮も知らず頂いたのであった。

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↑当時のメモ書き

あれやこれやと実に親切に説明してもらい
どれくらい時間が経ったろうか
そこにいきなり
手塚先生がドアを開けて入ってきた。

私は椅子からスクっと立ち上がるなり
そのまま立ちつくしてしまった。

つづく

手塚プロでモーニングを頂く」への2件のフィードバック

  1. 待ってました!
    そうかぁFEN(far east network)を聞いていたのか。
    今は、AFN(american forces network)って名前に変わってるよね。僕も好きで時々聞くよ。
    って、そんなことより、続きを早くお願いしまっす。
    よろしく!

    いいね

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